『私が台湾で起業したワケ』〃2020-11-9

こんにちは、小野@バンコクです。

コロナの影響でかれこれ8ヶ月以上も台湾に行けてません(T_T)

さて今回はタイトルの通り、なぜ私が台湾で起業したのか?に
ついてお話させていただきたいと思います。

▼今回のメルマガの動画版です。
https://youtu.be/R1kKtN7Qpwg

【台湾で起業したワケ】
台湾と台湾人が好きだからです。

以上!!

えーーー?それだけ?と思われるかもしれません。
はい、それだけです。
単純にビジネスで考えたら、巨大なマーケットがある
大陸でやった方が絶対に良いにきまっています。

台湾は私にとって縁のある地です。
8歳の時、生まれて初めての海外旅行は父親に社員旅行で連れていってもらった台湾でした。
あまり覚えていないんですが「うわっ、ご飯がむっちゃ美味しいやん!!」というのはハッキリ覚えています。
「バリうま!!」って思いました。←博多弁(笑)
過去に数年間、台北に住んでいた時期もありました。

台湾は生活しやすいですし、ご飯が本当に美味しいですよね!

そして台湾の方々は皆さん「超」親日で、日本人というだけで非常に親切にしてくれ、
とても快適に過ごすことができます。超親日でなく、私は勝手に「愛日」と言ってます。

若い子たちは簡単な英語か日本語が結構通じますし、80代以上の方であればかなりの確率で日本語が通じます。
ひと昔前、台湾で山の奥地で言語が違う民族同士の共通言語が日本語だったっていう逸話があるぐらいです。

皆様ご存知の通り、台湾語では「運転手」を「運ちゃん」、「おばさん」のことはそのまま「おばさん」。
日本統治時代の言葉が残っている例もあります。

しかし単純に好きだからビジネスすると言っても、やはり海外でビジネスをするにおいて、
現地のパートナーは最重要です。

私の場合、台湾人のビジネスパートナーは昔からの知り合いでもあり、それこそ家族ぐるみの
付き合いもある弟みたいな存在でもある若手の台湾人実業家です。

当時2013年、私が台湾を去る際、彼から「小野さん、僕は将来起業するんで、絶対一緒にビジネスやりましょう!」
と言われました。当時彼は会社員だったし(その後彼は本当に独立して起業したんですけど(゚д゚)!)、
正直あまり乗り気でなかった私は、「おー、いいねー」と返事はしたものの、そこまで真剣に考えていませんでした。

ある話を彼の友人から聞くまでは。
その話とは、、、

更に2年遡ること2年前の2011年の東日本大震災の時。
台湾人の皆さんからの暖かい支援は、我々の日本人の記憶に今でも残っています。
私はちょうどその時に台湾に住んでいたので、多くの台湾人の方々から励ましのお声がけをいただき、
本当に台湾の方々の暖かさを、幸運にも肌で感じることができました。

当時震災のニュースを知るやいなや、日本にも留学経験のあるビジネスパートナーの
彼は痛烈な悲しみにかられたようです。
「お世話になった日本、そして大好きな日本人の皆のために何かをしたい。いや絶対に何かしなければ。」
彼がその後にどういう行動をとったのか・・・?

会社員だった彼は、後先のことを考えず、当時の全財産に等しい自分の給与の4カ月分を
迷うことなく被災地へ寄付したそうです、、、

いくら親日とは言え、母国じゃない外国で起こった惨事に対し、イチ会社員がここまで
出来るものだろうか?若いし、買いたいものもあったに違いません。旅行にも行きたかったでしょうし。。。

恥ずかしい話、自分だったら絶対にできない行動です。
逆に台湾が惨事に見舞われたら、できるか?そこまでできません。
日本で出来るか?地元福岡でできるか?
4ヶ月分といえば年収の3分の1です。やはり自分にはそこまでできません。

こうして彼のこの潔さと男気に惚れ込んでしまい、現在の運命共同体(?)は結成されたのでした。
この話を私に暴露したということで、後日その友人は、彼にこっ酷く怒られたようですが笑。

数年前の話を思い出しながら、ますます台湾に行きたくなってしまいました。
また台湾で台湾人、そして台湾在住の皆さんにお会いできる日を楽しみにしています。

本日も最後までお読みいただきありがとうございました。(小野)